大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和37年(行)15号 判決

原告 小枝七三郎 外一一八名

被告 青森県知事

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「各原告らと被告との間において、別紙「物件目録」記載の一番ないし一一九番の各土地につき、被告が別紙「買収および売渡目録」の「買収時期」欄に記載の各日付でなした各原告に対する各買収処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

「別紙「物件目録」記載の一番ないし一一九番の各土地は、もと右各土地の番号に対応する別紙「原告目録」記載の一番ないし一一九番の各原告の所有であつたが、被告は、別紙「買収および売渡目録」の「買収時期」欄に記載の各年月日に自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)三条の規定により、右各土地につき、その所有者である右各原告に対し買収処分をなし、この土地を同目録「売渡時期」欄に記載の各年月日に同法一六条の規定により、同目録「政府より売渡を受けた者」欄に記載の者に売り渡した。

しかしながら、被告の右各土地に関する買収処分は、次の理由により無効である。

(1)  自創法は、社会革命立法であり、右農地の買収、売渡の根拠となつた同法の諸条項は、憲法二九条に違反し無効であること。すなわち、自創法は、「自作農を急速且つ広汎に創設」することを目的として、政府が一定の標準に基き、全国的規模において、農地を画一的に買収するとともに、かくして買収した農地を小作農その他一定の有資格者に売り渡すべきことを定めた社会革命立法であり、憲法二九条一項で保障されている私有財産を同条三項に規定する「公共のために用ひること」の範囲を超えて所有者から取り上げることを定めているから、自創法の規定中本件農地買収関係の諸条項は、昭和二二年五月三日の憲法施行後は、同法九八条一項により、その効力を有しないものである。

(2)  自創法六条三項に定める農地買収の対価は、憲法二九条三項に規定する「正当な補償」に該当しないから、右対価による買収を定めた自創法の規定は、新憲法施行後は無効であること。

よつて、各原告と被告との間において、右各土地に関する被告の前記各買収処分の無効の確認を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、

「原告らの本件訴えは、行政事件訴訟法三六条に規定する「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に該当する。すなわち、

(一)  同条にいう「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」とは、法律上、現在の法律関係に関する訴えが許されていても、その訴えが請求原因以外の法律上の理由(たとえば除斥期間の満了、時効の援用など)により勝訴の見込みのないことにより訴えの目的を達することのできないものをも指するものと解すべきである。被告の主張する同条の解釈は、法文が「現在の法律関係に関する訴えを提起することができないもの」と規定せず、端的に「現在の法律関係に関する訴えによつてその目的を達することができないもの」と規定していることに徴し失当であるのみならず、被告の解釈によると、法が行政処分の無効確認訴訟については、とくに出訴期間の制約を設けず、何時でも行政処分の存否ないしその効力の有無に関する司法審査の機会を確保しようとしているのに、現在の法律関係に関する訴えについて規定されている除斥期間等の制約の結果、行政処分の存否ないしその効力を法的に争うべき機会が失われて、無効等確認訴訟に除斥期間等の制約を持ち込んだと同様の結果となり、右法の精神に反することになる。また、被告の解釈によると、同条は、裁判所の行政処分に対する司法審査の権限および国民の行政事件について裁判を受ける権利の各一部を否定するものとなり、憲法七六条、八一条、三二条の各規定に反するものとなる。したがつて、被告の同条についての解釈に従うべきではない。

(二)  しかして、原告らが無効の本件農地買収処分により受けた損害を回復するための右買収処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えとして提起できるものは、右農地の売渡を受けた者を被告とする右農地の所有権確認の訴え、国を被告とする損害賠償の訴え、自創法一四条による買収対価増額の訴え、国を被告とする不当利得返還の訴え(国が法律上の原因なしに農地所有者の財産的損失により、国の農業政策を遂行して利得したことを理由とする)等が考えられるけれども、右の訴えは、いずれも出訴期間の満了や訴訟物をなす権利についての時効の完成の理由により、原告らに勝訴の見込みがないものであるから、原告らは、いずれも右現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに該当する。

(三)  さらに、原告らは、本件農地買収処分の無効の確認を求めるについては、次のような法律上の利益をも有する。すなわち、(イ)本件農地買収処分に対する司法審査を通じて、行政の適正な運営を確保する利益。行政争訟制度の基本的目的は、違法又は不当な公権力の行使に当る行為によつて侵害された国民各自の権利、利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することにあるから、行政処分の確効確認の訴えにおいて、前者の目的が達せられない場合でも、後者の目的が達せられるものである限り、右訴えにつき原告に法律上の利益を認むべきである。原告らは、本件訴えについてこの種の法律上の利益を有する。(ロ)本件農地買収処分により原告らが受けた損害の救済を求めるについて存在する障碍を除去する利益ないし本件農地買収における被買収者たる原告らが国に対し立法的、財政的補償措置を請求するにつき、その法的正当根拠を確立する利益。本件農地買収処分が法律上有効なものとしてその仮象的効果を持続するかぎり、原告らは、国から本件農地所有権喪失に対する損害の救済を受けることができないという現実的に不安かつ不公正な地位に置かれているところ、他のあらゆる法的救済の道の絶たれている現在、原告らは、本件訴えについての判決によりこの不安かつ不公正を即時に除去してもらうことができるという法律上の利益があり、また右判決さえ受けておれば、原告らは、国に対し、憲法一六条、二九条三項の各規定に基き右農地買収処分により原告らの受けた損失の補償措置を請求できる法的正当根拠が確認される点に法律上の利益を有する。(ハ)将来の農地買収処分を事前に防止しうる利益。農地法三条二項三、四号および六条一項二号には、農業者およびその世帯員が保有することのできる自小作地、採草放牧地の面積の最大限度が規定され、右保有限度をこえる部分については、これを所有者から買収されることになつており、また、同法六条一項一号には、不在地主の小作地、小作採草放牧地所有が禁じられ、これも所有者から買収されることになつているが、原告らがもし現状のままで、水面を埋め立て、山林を開こんする等して同法三条二項三、四号に定める保有限度を超える農地等を取得し、あるいは自作農地等を小作に出して同法六条一項二号に定める保有限度を超える小作農地等を持つに至つたときは、引き続いて発動される被告の買収処分により、右保有限度超過部分の農地の所有権を奪われることになるが、本件農地買収処分の無効が判決により確認されておれば、右保有限度超過部分の農地につき、被告から買収処分を受けるおそれを絶つことができるから、この予防的確認の救済を受ける点に法律上の利益がある。」

と述べた。

被告指定代理人は、本案前の申立として、主文同旨の判決を求め、その理由として、

「本件訴えにつき原告らが有する法律上の利益は、本件係争農地に対する原告らの各所有権の確保に尽きるものと考えられるところ、原告らとしては、本件農地買収処分の無効を前提として、右各農地に対する原告らの各所有権を争う者との間において、右各所有権の確認を求める訴えによりその目的を達することができるものであるから、原告らの本件訴えについては、原告らは、いずれも行政事件訴訟法三六条の規定による原告適格を有しないものである。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告らの本件訴えの適否について判断する。

(一)  行政事件訴訟法三六条によると、行政処分無効確認の訴えは、(一)当該行政処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該行政処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で(二)当該行政処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものの二要件をみたす者でなければ、これを提起することができないことになつている。ところで、原告らが本件訴えにおいて、本件農地買収処分の無効の確認を求めるにつき有すると主張する法律上の利益((一)右買収処分によつて買収された農地の所有権を回復する利益(二)行政の適正な運営を確保する利益(三)本件農地買収処分による損害に対する救済を受けるにつき存する障碍除去の利益ないし本件農地買収における被買収者たる原告らが国に対し立法的、財政的補償措置を請求するにつき、その法的正当根拠を確立する利益(四)将来の農地買収処分を事前に防止しうる利益)のうち、右(一)の利益を除くその余の利益は、いずれもこれを認めることができない。すなわち、まず、原告らが主張する法律上の利益のうち、(二)および(三)の利益は、行政事件訴訟法三六条に規定する法律上の利益とは認められない。けだし、右の法律上の利益は、訴えの原告となる者の個別的、具体的な利益で、その利益が法律上のものと評価されるものであることを要し、したがつて右の利益が単に事実上のものであつてはならないことはもとより、これが法律上のものと評価されるものであつても、原告の個別的、具体的な法律上の地位には直接関係のない、いわゆる民衆訴訟においても原告が有するものと認められる一般的、抽象的な利益では足りないことは、裁判所法三条、行政事件訴訟法五条の規定等に徴し疑いを容れないところ、原告らが主張する前記(二)の利益は、まさに原告らの個別的、具体的利益とは直接に関係のない一般的抽象的利益にすぎないものであり、また前記(三)の利益は、原告らが将来の政治的手段により、場合によつては、本件係争農地の売渡を受けた者との示談折衝等により、特定の経済的利益を獲得しようとする際の便宜資料を確保する利益、つまるところ事実上の利益にすぎないものというべきであるからである。つぎに原告らが主張する法律上の利益のうち、(四)の利益をみるに、右は、本件農地買収処分の無効確認判決の拘束力により、後行の農地買収処分を事前に阻止しうる利益をいうものと解されるところ、一般に自己の法律上の利益を侵害する行政処分の行なわれることが現実に予測される状況下にある者は、当の行政処分に先行する行政処分の無効確認判決が当の行政処分をしようとしている行政庁に対し拘束力を及ぼす関係にある限り、右先行の行政処分無効確認判決の効力によつて、当の行政処分の行なわれることを事前に阻止し、自己の法律上の利益の侵害を予防できるから、その限りにおいて、右先行の行政処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有するものといわなければならない(このことは、行政事件訴訟法三六条において、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」が「当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」と同列に扱われていて、当該処分又は裁決の無効等確認訴訟の判決の拘束力について原告の有する利益が同条に規定する法律上の利益と評価されているものと考えられることからも推論することができる。もとより、右法条が右の拘束力について原告の有する利益をもつて法律上の利益と評価する場合を、先行処分又は裁決と後行処分との間に行政手続上「続く」関係にあるときに限定したものと解することは相当でない。)が、原告らについては、その主張にかかる農地法による農地買収処分のなされることが現実に予測される状況にあるわけではなく、単なる将来の想定事情にとどまるものであるのみならず、本件係争にかかる農地買収処分無効確認の判決が、右原告らの想定する農地買収処分を行うにつき、被告を拘束する効力を持つ余地のないもの(両買収処分は、それぞれ別個の事情下で、別個の理由に基くもの)であることは、いずれも原告らの主張自体より明らかであるから、右拘束力の存在を前提とする右原告ら主張の法律上の利益もまたこれを是認することができない。

(二)  しかして、原告らは、本件農地買収処分の無効の確認を求めるにつき、右農地の所有権を回復するという法律上の利益、より正確には、右農地の所有権を法的手段により回復するための法的根拠を確定するという法律上の利益を有する者というべきであるが、行政処分の無効確認判決が第三者に対しても効力を有するものと解することの困難な現行法の下においては、この法律上の利益は、原告らが右農地につき原告らの所有権を争う者に対し、右農地買収処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えとして、右農地につき、原告の所有権の確認、原告への登記名義ないし占有の移転を求める訴えを提起し、これによつて、端的に右農地の所有権の回復を実現しうる利益のなかにすべて包含される関係にあることを認めざるをえない。したがつて、原告らは、前同条にいう「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に該当しないものというべきである。

(三)  もつとも、原告らは、右「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」の中には、右現在の法律関係に関する訴えが請求原因以外の点に存する事由によつて勝訴の見込みのない場合も含まれる旨主張するけれども、同条は、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無についての見解の相違から自己の法律上の地位に不利益が及んでいる者の救済方法としては、原則として、直接にして端的な方法である右現在の法律関係に関する訴えによることとし、かかる救済方法の認められていない場合にのみ、例外として右処分等の無効等確認の訴えによることを定めたものであるから、「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」とは、右「救済方法たりうる現在の法律関係に関する訴えが許容されていないもの」との謂にほかならず、したがつて、原告らが主張する右訴えの審理結果の見透し如何とは関係のないものと考えられるから、右原告らの見解を採ることができない(のみならず、右原告らの見解に即して考えても、この見解によると、無効等確認の訴えを提起しうる場合の判定が極めて困難となる事例を避けられないという実際上の欠陥があつて不当である。)。

同条を右のように解釈することに対して、原告らが非難する諸点のいずれも理由のないことは、次のとおりである。すなわち、(イ)右の解釈によると、無効確認の訴えについては、法が除斥期間を定めず、何時でも行政処分の存否又はその効力の有無の司法審査をできるようにしているのにかかわらず、現在の法律関係に関する訴えについて規定せられている除斥期間や右法律関係について規定されている時効等の制約を無効確認の訴えに持ち込み、右司法審査の範囲を限定する結果となつて不合理である旨主張する点をみるに、右の非難は、行政処分等に対する司法審査のために右処分等の無効確認の訴えを提起することが一般に許容されていることを前提としなければ理由のないものと考えられるから、循環論証の類にほかならず、主張自体失当であり、(ロ)右の解釈によると、行政事件訴訟法三六条の規定は、行政処分等に対する司法審査権限を制限するとともに国民の裁判を受ける権利を奪うことになり、憲法三二条、七六条および八一条の規定に違背することになる旨主張する点をみるに、憲法七六条(一項)は、当事者間に存する具体的な法律上の争訟について裁判する権限(司法権)の帰属を、同法八一条は、右権限に基き当事者間の具体的な法律上の争訟について裁判をなすため必要な範囲において行使されるいわゆる違憲審査権の帰属を、同法三二条は、具体的な法律上の争訟についての国民の裁判を受ける権利の保障をそれぞれ規定したものであるから、これらの規定は、具体的な法律上の争訟から離れて行政処分等の存否又はその効力の有無について裁判をする権限および右裁判を求める権限とは無関係であるし、また具体的な法律上の争訟につき裁判を受ける権利を権利行使の態様(訴訟類型)や権利行使の期間(出訴期間)等によつて制限しても、同法七六条(一項)および八一条の規定には直接関係がないし、同法三二条の規定に対する関係についても、右制限が実際において裁判の拒絶となるような不合理なものである場合のほかは、同条に関するものといえず、そして行政事件訴訟法三六条の規定に対する前判示の解釈の結果がかかる不合理な制限を導くものとは考えられないから、右原告らの非難は理由がなく、(ハ)実際上、右の解釈によると、同条による無効確認の訴えを提起できる場合が皆無となつて不当である旨主張する点をみるに、なるほど同条を前判示のように解釈することにより、従前無効等確認の訴えとして許容されていたもののほとんどがいわゆる現在の法律関係に関する訴えによらしめられることになることは否定できないけれども、そのことの当否は立法政策上の問題というべきであり、他方同条による無効確認の訴えの提起が実際上もありうることであり、右訴えを規定した同条が無意味でないことは、前判示(一)後段中の事例によつても明らかであるから、原告らの右非難もまた理由がないものといわなければならない。

(四)  そうすると、原告らは等しく本件訴えにつき原告適格を欠くものであるから、右訴えは、いずれも不適法であるといわなければならない。

二、よつて、原告らの本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上守次 井上清 中山善房)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例